漫才とコントの違いは何?ビートたけしの答えが分かりやすいとネットで話題に

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「漫才とコントの違いは何か?」

漫才日本一を決めるM-1グランプリを見ているとネットでは必ず「これは漫才じゃなくてコントだろう」というツッコミが入っていますね。

M-1 グランプリとコント日本一を決める「キングオブコント」で同じようなネタをするコンビもいますし、違いがよくわからないですね

なかなか難しい問題ですが、ビートたけしさんにインタビューした記事が話題になっています。


たけしの回答は明快だった。「漫才やってる人は、コントできるんだよね。コントから急に漫才やれっていうと、難しい」。さらに、自らの体験も踏まえ、「我々は浅草でコントやってて、その後、漫才がどうにかできるなってなるのに、10年かかったからね。漫才師は、状況設定を言葉だけで説明するというハンディがある。コントは動きも入って、衣装も着るから、楽なことは楽なんですよ」と説明した。

映画監督としても世界的評価を受け、小説家としても活躍するだけに「映画で10秒のシーンを小説にやったら3ページかかるんですよ、状況説明が」と“らしい”解説も飛び出した。

「雨の日に車が走って、どこでガタンと音が鳴って…、というのも、映画だったらそのまま(カメラを)パーンすればいい。『もう冬が近い。国道を一台の車が走っていく。枯れ葉がタイヤに張り付いて取れないまま回転するその姿が、冬の近さを思い出させるようだ』なんて書いていくと、たった10秒のシーンが、何ページもかかるんだよね。漫才もそうで、漫才師の方が言葉で説明する部分が多いから、コントから漫才やると、今まで衣装とかシチュエーションを作ってたのを、言葉で説明しなきゃいけない。漫才師の方がコントはやりやすいと思いますね」と言葉に熱がこもった。

その感覚からすると、やはり何もない状態から無理やりシチュエーションを生み出す「コント漫才」には、やはり無理があるのだろうか。そこでたけしは笑い、「腕は別ですけどね」と一言。その真意は追及できなかったが、「無理」を感じさせない自然なトーク展開が、漫才師の「腕」の一つであることは間違いないだろう。

引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190106-00000041-dal-ent

以下、ネットの反応

名無しさん
わかりやすい。どれも経験して、更に映画監督と小説家もこなすだけのことあるね。
名無しさん
確かにコントは小道具とかセットでシチュエーションを説明なしに理解させる事ができるので同じ時間でも効果的な言葉を発する回数が増えますね。そういう意味では笑わせるスキルは漫才の方がコントより必要なのかな。
名無しさん
最後の、笑って「腕は別ですけどね」って言った真意は、スキルと面白さは、また別物だよって言ってるように聞こえる。
確かに漫才は難しいけれど、結局、コントだろうが漫才だろうが、面白い奴は面白いんだと。
加えて、映画と小説の例を出したのは、このインタビューへの皮肉にも取れる。このインタビューのニュアンスを、文章でどれだけ表現できるのか、どれだけ面白く書けるのか、この記者の力量を試すかのようにニヤリと笑ったんではないだろうか。
名無しさん
まぁ関東エリアの一般人で劇場に頻繁に行かない人でTVで見る範囲内の知識しかない人はネタ番組が少ないみたいだし知る機会は少ないだろうけど、関西では結構まだネタ番組(深夜系が多いけどw)は結構あるし、漫才の本場の大阪と言う事もあり売れてる売れてないは関係なく漫才をメインにしてるコンビは多いしね~。
本当の「しゃべくり漫才」に関しては、関西ではまだまだ多いしこれが基本にはなってるが、関東の芸人は事務所が吉本だけじゃなく一杯あるし関東の古参の芸人で今も売れてる芸人はコントメインの人&番組が多いからそれをメインで見て育った人はコントが基本になるだろうしね~。
関西では漫才がメインだからそれを見て育ち漫才師を目指す子が比較的多いし・・・
まぁ今は昔と違い確かに漫才師とコントの境界線がすんごい微妙な感じにはなってるねw
名無しさん
私の考えでは、面白い漫才はラジオ(音声だけ)で聞いても面白いしわかるけど、コントはそうじゃない。
名無しさん
漫才も人気者、手練れになって来ると、登場だけで観客はスイッチが入るし、
その漫才師が放つ言葉だからこそ、よりウケると言う場面があるね。
それは間合いだったり、声色だったり表情だったり。
もちろん相方との兼ね合いがあってこそだと思う。
よく芸人同士が即興でコンビを組み漫才をやるコーナーがあるけど、
ウケる場合は片方のキャラ、特色を生かした顔芸や瞬間であって、内容では無いと思う。
やはり長年コンビを組んだ芸人同士による漫才は、計算と2人の兼ね合いがあってこその共同作業であって、
漫才中は一心同体なんだと思う。
コントの良さは漫才ファンだけでなく、
老若男女問わずに分かりやすい笑い、なんだろう。
かたや絵面、かたや内容だけれども、
大切なのはやはりお互いに演じるキャラ、その人間そのものの面白さなんだと思う。
名無しさん
「腕は別」というところにプライドと謙遜が入り交じっているような。
ツービートの漫才は、たけしの早口と毒舌で観客を押し切るところがあったけど、状況説明とかその辺はかなりはしょっていたような。
その点、やすきよは掛け合い漫才の達者だったから、動きの大きさで気がつきにくいけど、説明のところがかなりきめ細かくて丁寧だった。
たけしが逆立ちしてもやすきよにはかなわない、というのは、そこをしっかり見極めていたということではないかな。ブームの後で漫才からすぐ足を洗ったのも、その辺の限界が見えていたと言うことかも。
たけしのお笑い評論は、やっぱり深くて面白い。
名無しさん
漫才師の方とお話したりする機会が何度かありましたが、頭がいいと思いました。勉強が出来るとかでなく、状況整理と理解力が高く、とても頭の回転が早い方たちでした。
しかし、テレビで売れるかは別で、キャラ先行のイジられやすい人の方が今はテレビには出演しやすいのかなと思います。
名無しさん
同感!その昔素人と本職の漫才師とステージ上で絡んだことがあったが、瞬時にネタをアレンジして笑いを取る様子は
傍らで見ていてすごかった!
名無しさん
おっしゃる通りかなと思います。
反面言い換えると、漫才だと必要な情報だけを伝える事でリードできると言うメリットはあると思いますね。
コントでは説明を省略できる反面不要な情報も含まれる。笑いに向けてポイントへとリードする技術が必要にはなると思います。
どちらもそういったポイントを押さえた人達が技術があると言うのかなと思いますね。
名無しさん
確かにサンドウィッチマンや中川家は漫才もコントもどちらもできるけど、アンジャッシュに漫才はできそうにない。
名無しさん
おっしゃる通りかなと思います。
反面言い換えると、漫才だと必要な情報だけを伝える事でリードできると言うメリットはあると思いますね。
コントでは説明を省略できる反面不要な情報も含まれる。笑いに向けてポイントへとリードする技術が必要にはなると思います。
どちらもそういったポイントを押さえた人達が技術があると言うのかなと思いますね。
名無しさん
目を閉じて、耳で聞いた時にしゃべりだけで笑えるのが上手い漫才かなぁ。
一方でコントは腕がいいと言われている人たちでも目を閉じた途端に面白さが減少…小道具を使ったり見た目で笑いを取っている部分が多分にあるからかなと感じたりします。
…ただ。
漫才、コントいずれにしても、歌丸師匠が以前おっしゃっていましたが
「お笑いとは人を笑わせること。笑われることではない。」
この言葉をお笑い芸人と呼ばれる方たちはしっかりと噛み締めて精進して頂ければと思います。
名無しさん
漫才とコントの違いが、よくわかりました。これは、ラジオのDJとテレビ番組の司会者も同じですね。テレビは映像がありますが、ラジオは映像がありません。リスナーに、その状況を想像させるトークは素晴らしいですね。
名無しさん
今、コントがうけるのは社会が発展した、発展し過ぎた所為だろう…
昔は講談師が語り、落語家が噺て聞く人は頭の中に情景や設定を
描いた物だ。時代が変わりラジオからの【ラジオ小説】では音や、話で
映像を思い浮かべながら【想像】を楽しめた。
テレビや映画が発達し人は想像よりも【直接視】で想像力を衰えさせた。
現在のスマホやパソコンで【字を書かない】のと同じだ。
漫才がお笑いの王道ならコントは枝葉。
たけしの言う【漫才師は紺とは出来るが、コント芸人には漫才が
出来ないと言うのも理解できる。
漫才はラジオでもうけるがコントはラジオではまずうけないだろう…
ラジオを聴かなくなった現代では仕方が無いのかも知れない
名無しさん
やっぱりビートたけしは凄いって思う。
離婚問題で騒がれているが、その家族にしか分からない知り得ない事情もあると思う。また夫婦にしか分からない事があると思う。
離婚については他人があれこれ言うべきではないって個人的には思う。
名無しさん
M1みてても完全にコントじゃないの?って思うのが準決勝でもよく残ってるが、本来はコント向けなのに理矢理型にはめようとして中途半端になってるように思う。採点も純粋な漫才を重視するわけでもないし位置付けがぼやっとしている。
オンエアバトルは採点は明快で色んなジャンルの笑いを横並びで評価していて純粋に楽しめた。
名無しさん
コント→漫才は難しいのかぁ。
ジャルジャルが、自分達はコント師なので漫才は作れない。
コントを漫才にしていると言っていたので、なるほど、と思った。
コントと漫才の違いや、しゃべくり漫才とコント漫才の違いは明確だけど、そのどれでもないものがある。
笑い飯とかジャルジャルとか、漫才スタイルでやっているけど、漫才ではないと思える。
ラーメンズとか、コントスタイルだけど極めて演劇性が高い。長時間のものになると喜劇に入るだろう。
でも役者がやる喜劇、コメディでもない。
どこにも分類されないものはどう解釈したら良いのかなぁ?と思う。
名無しさん
コントもやるけど漫才はしゃべくりで勝負してるかまいたちは凄いと思う
名無しさん
漫才とコントの区別なんてのも時代と共に曖昧になってくるんじゃないか。現にサンドなんてセットがあってもなくても成立するようなネタも多いし。
伝統芸能の歌舞伎だって回転舞台など装置に併せて進化してきた。陣内とかアンジャなんてのはまさに時代が生み出したスタイルといっても過言ではないと思う。
名無しさん
コントは役柄のあるある的なもので漫才は日常会話での捻り。
どっちも見てる側を入れ込む技術は必要。
上手い人は違和感なく見れるけど、芽が出ない人はウルサいだけなんだよね。
名無しさん
やっぱりたけしは凄いなぁ…。
これが正解かどうかは、人により様々だと思うが、これだけ明確、かつ分かり易く解説出来る人は、他に居るだろうか?
ところで、さんまは、落語からコントだと思うけど、落語とコントも同じ様な関係にあるんだろうね。
名無しさん
たけしやさんまなどが採点方式の審査委員をやりたがらない理由に
お笑いと言うのはまさに主観であり 好き嫌いがどうしても起こる。
漫才にしてもコントにしても同様で
最近はその境目が分からなくなってきた。
一昔前の漫才はまさにマイク一本で講談師のように勝負
今はその漫才でもコントの要素が強くなってきたし
時代と共にお笑いも変わっているとは思うけど、はっきり分からない。
名無しさん
落語もそうだけど、言葉だけで笑わせのは、高い技術が必要なのだろう。
個人的には、漫才よりコントの方が好きだが。
動きがあって、ストーリーになっているから。
漫才できる人はコントできる、そして、コントできる人は俳優もできると思う。
名無しさん
さすがたけしさん。。。回答にもどれだけ真面目に取り組んできてるのかが出て来ててその掛けた時間の重み分説得力が違う。
コントは確かに衣装や小道具が加わる分情報を表現しやすい、漫才はそれを間とセリフだけで持って行く、、、その更に上がそれを一人でこなす落語と言う感じになるのかな。。
そして映画監督が言う通りの感も物凄く有ってそれ故に間が違うだけでシラケるとかスベると言う事が存分にあり得ると言う事なんですね。。
名無しさん
以前、ナイツが林先生に
漫才とコントの違いを教えてましたが
その時に「なるほど!」と思いました。
いずれにしても、両方できる人は凄いんですね。しっかり分けるとしたら、自分は漫才が好きかな?
名無しさん
こういう解説面白いです。さらに小説と映画(劇)との比較もあって、私は漫画と小説の違いをよく思うのですが、小説の方が格式高いような気もしますが些細なことや神秘的
なことも表現する以上言葉で説明する小説はベタな感もします。
名無しさん
平成になってからは、コント面白いけど漫才下手な人が増えたよね。だから進行役出来る芸人が減った。進行役出来る人が増えれば少しは面白い番組も増える余地がありそう。
名無しさん
ボケツッコミは決められた役割。
これを入れ替えて舞台をするのは経験者でも大変と言う。
バイク事故でツッコミ家庭生活では奥さん誰だっけ?とボケる人生は、なかなか凄いものがある。
ランボルギーニも採用した青色は北野ブルーという。
映画を始め世界での評価は依然高い。
名無しさん
コントにしても漫才にしてもお客さんの想像力を掻き立てる演技力だと思う。ので、芸人さんで俳優をしたり映画を撮ったりするのはなんかわかるなあと。
名無しさん
スーツ姿での漫才が面白いのは、見る側の想像力に訴えるから。
サンドや中川家、フットにナイツの漫才が面白い理由だと思う。
名無しさん
たけしやさんまや松本の様に今の自分よりも若手の漫才やコントの方が面白いと認める所が良い。落語家はすぐ若手を否定するからな。
名無しさん
正月特番で久々に正統派の漫才をテレビで見た。
やっぱ最近の漫才師はスタイルが違うよなあ。
爆笑できるのは今の方かもしれないけど、「上手い」と言える人が本当に少ない。
中川家、銀シャリ、ナイツくらい。
名無しさん
高齢者の方から…漫才とコントの違いを聞いたことがあります。
漫才はその当時の【あるある事象】を会話風に演じてそれをイメージ(想像させる)させていくドラマ。
コントは実際にあった事を聞きかじり的に再現させても、聴取側の理解力のない人には、その失敗した事象だけで面白いというだけの代物…
・・・と云うコメントをしていました。
要はコントで笑いを取ることは『恥かしい経験を晒す』事が重要とも言えるそうでした。
名無しさん
もっと漫才してくれる芸人が増えて欲しいな、と思います。コントを目にすることがとても多いような気がする。
名無しさん
ドラマの役者はセリフが長いと演技してるというよりも言わされてる気がして見てて楽しめない。
通行人のエキストラが自然のように、もっと自然なセリフの短さがいい。
名無しさん
漫才からコントだって難しいのでは?
コントには演技力が求められるが、優れたコント芸人にはそれがあり、そういう方たちは役者としても即活躍してる。
漫才の腕があっても、それだけでコントや芝居はできないと思う。漫才では名人のやすきよが芝居が上手いとは思えないし。
漫才もコントも出来る人はすごいと思うよ。
名無しさん
以前、インパルスが同じ年のM-1とKOCで同じネタをやっていた記憶がある。
漫才とコントの違いは考えていて自分なりの結論を出したが、間違ってなかった。
なので、自分はコントより漫才の方が好きだが、最近はコント師の方が実力がある人が多い気がする。
名無しさん
「映画なら10秒で済む事が小説では3ページ必要」3時間の映画にも苦手意識がある自分がトルストイやプルーストの本を買っても埃が積もるだけ。
名無しさん
すぐコントに入る漫才は安易さを感じるけど、それを覆す面白さがあればすぐ気にならなくなるね。
名無しさん
最近は漫才の方が少なくコントの方ばかりの気がします。
かつての漫才、落語、話しだけでうんと唸らせるのが増えると良いな、と思います。
名無しさん
昭和の漫才を知ってる身からすると現在の漫才はたけしのいう通りかもね。
ただ今のひとがそれで満足できているならそれでいいのではとも思ってしまう。
名無しさん
ビートたけしは手塚治と同じで根っこに怒りがあるから良い結果にはならない。
名無しさん
漫才といってもその昔は今のようなしゃべり中心のものでは無かったのだから、コントと漫才の垣根もなくなり、時代とともに進化し続けていくことでしょうね
名無しさん
やすきよ、紳竜もコント漫才やってたけどツッコミが状況説明を兼ねてたから観る側の設定が固まったら本来のしゃべくりで押して爆笑に持って行けたから漫才として成立してんだよね。
今はオール阪神巨人師匠が紳竜のしゃべくりコント漫才を継承してる。やすきよは誰もマネ出来ない
名無しさん
比較するのは勝手だが、漫才が上とかではないと思う。漫才師になれなくてコントに転向したグループや人がどれだけいるのか。
名無しさん
面白ければそれでいいです、
○○のやってるのは漫才じゃない とか
漫才はこういうものだ とか自分が評論家になったような
意見を書き込む人の何と多いことか、
今でもコントっぽい漫才を批判する人がまだまだいる、
どんなネタも斜に構えてみてたら面白いものも
面白くなくなるよ、もっと素直な気持ちで見ようぜ。
名無しさん
皆さんには叱れれるかもしれないが 私はたけしさんのコントに関して
面白いと思った事が無いのです。何処が面白いのかと・・・そしたら 倉本聰さんがたけしさんのことを否定的に発言されているのを目にし
そうでしょうと同感。 今もその意見に誰も反論しなかった不思議。
名無しさん
昔やってた花王名人劇場なんかは1組の漫才師が15分くらい持っててネタを披露していた。
本当に面白い漫才は同じネタでもその間で笑わせることができる。
ネタの順番や入れ換えを客の反応を見ながらあうんの呼吸でステージで行う。
そういう番組をもう一度してほしい。正直ひな壇トークばかりで飽きている。
名無しさん
コント漫才にもいろいろあるんじゃないかな。
たしかにボケとツッコミが配役設定をしてやるという入り口は共通なんだろうけど。
そこからあくまでも両者の振りつけも含めて笑いをとるのか。
それとも、そのシチュエーションを語りで観客に思い浮かべさせることで漫才を成立させるのか。
そういう意味でコント漫才に近かったかもしれないけど、しゃべくりの漫才を崩していなかったのは、M1グランプリでチュートリアルが優勝した時の作品。
自転車のちりんちりんが盗まれてさ迷い歩く徳井さんの姿には声を出して笑ったし、いまでもあの作品は思い出されるし。何度でも見てみたい作品だと思う。
名無しさん
今のビートさんで一度も笑ったことがない。
何を言ってるんだ?ってなる
ボケも小学生みたいなのばっかりで。
朝とかなら向いてるかもしれないけど疲れ切って帰ってきてテレビを付けてこれだとしんどい。
番組自体はみたくてもいっつもチャンネル変えます。
それ以上に需要があるから出てるんでしょうね。
名無しさん
そうですね。漫才は落語に似ています。言葉だけで、お客さんの想像力をどれだけ高めるか。
とても難しいと思います。
名無しさん
言葉で説明する煩わしさを笑いに変えるのが漫才。その説明を理不尽に限定したり無駄に加えたりして笑いを生むことが出来るのが漫才師
名無しさん
漫才はコントの登場人物でない第三者的ツッコミを置くことができるのが強み。
和牛のように最初から最後までツッコミが登場人物だと、ツッコミが極めて弱なるし、茶番感が強なるよね。柔らかい笑いとしては素晴らしいんやが。
名無しさん
一昔前の『いとしこいし』や『やすしきよし』から『巨人阪神』レベルの漫才は情景が目の前に安易に想像出来る。
最近なら、『博多華丸大吉』とか『ナイツ』などはYouTubeに敢えて音声だけでアップされてるけどめっちゃ笑える。
コントはコントで面白いし、どちらが上か下かはないがコントは視覚に、漫才はラジオや落語や漫才は頭の中で自分だけの映像が浮き上がるそれぞれの楽しみ方がある。
名無しさん
漫才ブームに乗って売れたけど、実際には面白さがわからん!ひょうきん族も他のメンバーに恵まれた。
役者としては才能あると思うが芸人としてはおもろない。
名無しさん
売れない芸人が、施設警備のバイトしてたわ。
芸人は全く潰しがきかない仕事ではないから、見切り時が大切。
名無しさん
やはり、オール阪神巨人のような喋りだけで笑わせるのは本当の漫才だと思う。
M-1は、漫才のNo.1を決める大会なので、
コントを入れてしまっては…と疑問に思う。
はたまた、コント漫才なのに、正統派漫才と
紹介するテレビ番組にも疑問が残る。
名無しさん
所詮、面白いとテレビで言えばそれが
面白くなって、流行りになって
その回数が多ければ多いほど
そうなるでしょ?
違うことも、もちろんあるけどさ
名無しさん
やはり下積み経験している方とそうでない方のコメントに差がある。そして、重みも違う。
みんなが笑わないから笑えよということの安易さを良く考えてほしい。
名無しさん
最近NHKでコントや漫才をやるようになってきた。
たっぷりと予算を掛ければ、民放より良いものが出来るのは想像に難い。
すると、民放は見なくなり、スポンサーも降りる事になる。
負のスパイラルがやって来る気がする。
このまま、NHKに勝手な事をさせてはならないと思う。
民放で出来る事は、NHKではやるべきじゃない。
名無しさん
記事と直接関係ないです。
何の世界でも人徳や情が大切。
たけしさんは奥様に誠意を尽くすべき。
何があったのかはご本人達しかわかりませんが、何歳になっても元気な人間であれば色恋は仕方がない面もあるかと思います。
不倫を認めるわけではないですが、もしそういう関係になり、それを突き通したいならそれはそれで自由でしょう。
ただそれなら今まで支えてくれた奥様に対して全財産とまではいわなくても、ガッポリみんなか納得する財産を文句言わず渡すべき。
名無しさん
まだ、たけし支持は続いているんだね。
世の中、下衆なもので、屑と烙印を押された人が尤もなことを言っても、お前が言うなとか、言われて終わりだからね
例えば、村上が常識的なことを言っても、上記の様になるだけ。
たけしは、二十年以上連れ添った、嫁をいまさら、切り捨てると言う行動にでた。
夫婦間のことは、私達にはよくわからないけどね、わかる範囲での解釈だと、なかなか下衆な行動なのかなあと、思いました。
そんななかでの、たけしさんの、尤もでまとまったご意見。
今までのたけしさんなら、もちろん、流石と言われるだろうなぁ、と思いましたが、こう言う状況だと皆さん、どう評価するのかなあと、思い、皆さんの意見を読んでみました。
で、1番上の文が感想です。
名無しさん
最初、漫才とコントの違いとタイトルを見た時には、その違いなんて一目同然だよなぁ、、、って思ったけど、小説と映像の違いといわれれば、至極納得が出来る。
確かに最近の若手は、『コント漫才』ばかりだよなぁ。コントも、『ショートコント』ばかりになったけど。。。
名無しさん
やはり漫才師は頭の回転が早いし
漫才以外のトークでも明らかにコント師
よりも返しが早くて面白い。
コントはお遊戯を見てるみたいです。
最後の「腕は別ですけどね」は
わかりやすい
名無しさん
わかりやすい
映画と小説の例えもわかりやすい
やはり頭がいい人って説明も上手いですね
名無しさん
コントは道具の準備が大変
しゃべくり漫才、特に時事ネタなんかはネタがしっかりしてないと伝わらない
この文章でいうところの「コント漫才」は漫才もコントも技術不足でできない芸人の逃げ道だと思ってる
もちろん、コント漫才でもしっかり練られてる芸人もいるが、安直にコント漫才を選ぶ芸人の多いこと多いこと
名無しさん
ラジオの例も有ったけど、目をつぶって聴いて分かるか分からないかかな。
コントはセット、かぶり物や扮装でまず最初のつかみはクリアしてるしね。
サンドイッチマンなんかは同じネタをセットや衣装無しでやっても面白いけどね。
名無しさん
M-1のかまいたちは漫才になっててよかった。ジャルジャルも色々言われてるけど漫才になってると思う。霜降りはよく動くから漫才ではないわな。
名無しさん
コントは筋書きがある。
漫才は筋書きを決めるが変化していく・・掛け合い。
名無しさん
M-1では、漫才とコント漫才を分けた方がいいと思う。
名無しさん
M-1の優勝者でコント漫才をしていないコンビが確かに少ないと思う。
名無しさん
コントから漫才師へと経験重ねたから映画監督もできたとも言えるね。スゴイです。
名無しさん
声優と俳優の関係を思い出した
身振り手振りが映らない声優は声だけで表現する
俳優は身体全体を使うから声だけ抽出すると棒読みに聞こえる
逆に言うと声だけで表現できる声優が顔出しすると、大袈裟な芝居に見えるんだけど
名無しさん
同意ですね。Mー1のMが漫才のMならとろサーモンや明星よりも和牛が優勝だと思う。
名無しさん
この人の面白さは、限界を突破して突き抜けられるから。
他の誰が言っても番組降板だ謝罪だとなりそうな言動が、この人にだけ許されちゃう風潮が有るから
名無しさん
サンドイッチマンを見ていると、漫才もコントもどちらもこなしています。そして、どちらも笑わせてくれます。あの才能は素晴らしいと思います。
名無しさん
なるほど。漫才はあくまで「話芸」ということか。
でも、実際にこれはやっていい、とかダメとかってルールがあるのかな。
名無しさん
昔漫才とコントの違いがわからなくて調べた事がある。
多くの人もわかってないんじゃないのかな?
名無しさん
たけしの論理で言うと、漫才よりも落語の方が難しいということになるな。
落語は状況説明なしで会話だけで場面とか状況などすべてを理解してもらわないといけない。
名無しさん
また、漫才師がセンターマイクの前でやるコント漫才とドリフがやってたようなコントも違うんだよね。
特に芝居の度合いが。
たけしさんの言うことはすごくわかるけど、ジャンル分けは無意味なのかもしれない。
名無しさん
自分のような素人にも非常にわかりやすいお話ですね。なるほどー、確かに!と思いました。
名無しさん
わかりやすい。
一発芸する芸人がコントって勝手に
感じていたけどそういう事か。
スッキリした。
名無しさん
間が大事だと思う。これが悪いと笑えない、
名無しさん
良くも悪くも色々知っているからの発言ですね。
とてもわかりやすい
名無しさん
昔ながらの上方漫才を見聞きして育ってきたから最近の漫才に違和感があったんだけど、明確な答えがこんなところにあった。違和感の正体はしゃべくり漫才とコント漫才の違いだったのか!
名無しさん
なんとなく理由は誰しも感覚でわかってる人が大半だけどちゃんと理屈で説明は難しい。
たけしはわかりやすく説明してくれる。
インプットしてもアウトプット出来てないと試験も解けない。
たけしはやっぱり分析力も優れてる
名無しさん
正解はないんだろうけど、コント漫才よりもしゃべくり漫才の方が好きだな。
名無しさん
漫才とコントの違いは大体わかる。
それより漫才コントとしゃべくり漫才の違いこそ問題にしてほしいな。
やっぱりブラマヨやチュートリアルは面白い!!
設定なんかじゃなく、会話自体が面白い。
紳助さんが言ってたね、「“面白いネタ”じゃなくて、“面白い人”」って。
名無しさん
2つの違いを考えてみたこともなかった。
とても勉強になりました!
名無しさん
なぜ漫才とコントを分けたがるんだろう?視聴者は面白いものを求めているだけとおもうのだが・・・M1でいつもそこで問題が起こる、大爆笑取ったコント漫才より少し笑いを取った漫才が勝ってしまうみたいな・・漫才優先ならM1は徹底的にコント要素を締め出せばいいのに
名無しさん
個人的な感覚だと「ラジオで聞いていてもよくわかる」のが漫才 コントは舞台やテレビの申し子
名無しさん
状況を後で説明するために記録を残しても、やっぱりどうしても何かが抜け落ちちゃうっていう、あのもどかしさも関係が深い
名無しさん
そう考えるとアクションを交えずにしゃべるだけの漫才師は凄いよね。
銀シャリなんかはまさにその王道をいってるんじゃないのかな。
名無しさん
>たった10秒のシーンが、何ページもかかるんだよね
確かに…これ、本を読むときとか、国語の教科書読むときとかに事前に教えておくと、生徒の理解度や成績が上がるような気がする…少なくとも、生徒が食いついてきそう。
名無しさん
ということは究極には、一人で状況説明もオチャラけも
行って笑いを取らねばならない漫談が一番ってことか?
名無しさん
妻の幹子と夫婦漫才をやってほしい。
名無しさん
漫才ブームの頃、漫才の番組といいながら「ゆーとぴあ」とかが出ていた時は違和感あったなぁ。個人的にはやっぱりしゃべくり漫才が好きだな。
 

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